A市の駅から結構歩くんですけど、マグロの競り市がありまして。

普通の競りと違って夜にやるんですよ。 夜に捕らえたマグロがすぐに運ばれて、たくさん人が集まるんです。

 

彼は身振り手振りを交えて、競りに来る人間がどんなに多いか示してみせた。私は、酒をちびちびと飲みながら聞いている。

 

A市なんて海から遠いじゃないかって? 今は交通が発達しているから、どこで競りをしても同じです。

最初にマグロの身長と体重、簡単なプロフィールが発表されて、競りが始まるんです。参加者はみんな顔を隠していてね。なんでって、さあ?公平に競りを行うためじゃないかな。

やっぱり大きいマグロはすごい高値なんですよ。5000万円を下る品はほとんどない。

でも大きさよりも年齢が重要かな。若いメスのマグロとか大人気で、あっという間に値段がつり上がっていきます。歳を取りすぎてると使い道が限られてくるとかで。

 

饒舌に語りながらも、彼は私のグラスに酒を注ぎ足すことを忘れない。ここは彼の家だというのに、気を遣っているのだろうか。

彼の話は続く。

 

競り落としたマグロをどうやって運ぶかっていうのが、参加者の悩みの種らしいです。

何しろ大きくて重いから。お金はかかるけど冷蔵車が一番メジャーで、万が一検問があっても、釣った魚を運んでるって言えば見つからないって友達が言ってました。

どうして見つかったら駄目なんですかね?

 

私も首をかしげた。とにかく、彼が最近マグロの競り市見学にどっぷりはまっているのは確からしい。

彼はスマートフォンを取り出して、友達が競り落としたというマグロの写真を見せてくれた。

 

写真を見て、私は腰を抜かしてグラスを取り落とした。その拍子に身体が床に崩れ落ち、痺れて指先さえも自由に動かせなくなる。床に酒が広がっていく。

辛うじて視線だけで彼を見上げると、眉を下げて笑っていた。

 

彼が見せてくれた写真には人間が写っていた。成人男性と思われるが、巨大なクーラーボックスに入っている様子は明らかに死んでいた。

 

でかいマグロでしょ。最近獲れたばっかりのやつですよ。友達に、やっぱ刺身とか海鮮丼にするのかって聞いたら気持ち悪い顔されました。メジャーな料理方法だと思うんだけどなあ。

 

彼の顔は本当に不思議そうだった。私は何か喋ろうとするが舌が痺れているので呂律が回らない。

それで、と話を一区切りにして、彼は一度キッチンの方へ向かうと牛刀を持ってきた。

 

さすがにマグロ競り落とす金はないって話したら、マグロを調達する方に回れば色々サービスするって言われたんですよ。友達に言われた通りに一回やってみたんですけど、薬飲ませて、動けなくなった人間を刺すとマグロに変わるんです。なんでなんでしょうね? 初めてのときはすごくびっくりしましたよ。

いや、この歳になっても知らないことってたくさんありますね。

 

私は絶命する。彼は、私が目の前から消えてマグロが現れたことに驚いている。

私の身体は手際よく競り市に運ばれることだろう。幾らで売れて誰がどのように私の身体を使うのか、それはまだ彼も私も知らない。

いっそ史上最高額で競り落とされれば、少しは浮かばれるのだけれど。

 

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【競り市】2017/06/08