真夜中になってショーウィンドウの中の人形たちがざわめき出しても、青年人形はひとり眠ったふりをして黙り込んでいることが多かった。

 なぜかと言えばほとんどの人形が女のかたちをしていたからだ。

 身に纏うのは赤や銀、薄桃の布にフリルやらレースやらリボンで着飾って、昼間店に来た客の噂で楽しんでいる。

 青年人形も上等の衣服を着せられてはいるが、白いリネンのシャツに黒のコート、金鎖、シルクハットの黒白衣装。およそ鮮やかな華などない。

 人形といえば女のかたちばかり、どうして自分は男のなりをしているのかと考えたこともあったが、考えたところで華のない男の人形が客に買われないことには変わらない。

 

 ある日新たに来た人形が男と気付いたときにはたいそう喜んだ。

 友人が欲しかった。

 肩や顎の具合は華奢だが、青年人形と似た黒白ばかりの衣服、短いパンツを穿かされ鋭い目つきをしていた。

 かれは人形アルファといった。

 

「女の人形というのは、みんなあのようにお喋りなのが普通なのか?」人形アルファは少し驚いた顔をして眉をひそめ、身を寄せてきた。

「寂しいやつが人形を買う。お喋りで賑やかなのがイイんだろう」二人は自然、親しくなった。

 

 人形アルファはたまにちょっと眉をひそめ表情を変えるだけで、あとは寡黙なものだった。口にするより遥かに多くのことを考えているようなその眼差しが好もしく、

青年人形もたまに話したいことというのができた。弟でもできたような気分だった。

 

 こんなことがなければ、青年人形は裏切りの味を知ることもなかっただろう。

 

 ある朝、人形アルファは女になっていた。

 白い、真っ白なフリルのついたドレスを着せられ理知的な青のリボンを胸につけて、花のコサージュを短い髪に刺し、それはそれは見事な女っぷりだった。

 

「まさかと思っていたけれど、君はやっぱり僕を」驚いた様子の青年人形を見て、人形アルファは後ろめたそうに眼を伏せた。

 

 紅を塗った桃色の唇で言葉を吐いてほしくなどなかった。考え込むような深い眼差しも、華奢な骨格もすべてが最早それを女に見せていた。

 人形アルファはまだ何か言いたそうに美しい唇を時折震わせたが、床に届かんばかりに長くふんわりと膨らんだドレスの布が、二人を決定的に隔てていた。

 

 友人ではない。

 かしましい女人形たちの噂話の陰で飛行機の美しさや、まだ見ぬ未開の土地にあるという黄金の財宝伝説について語らった日々はもう来ない。

 なぜって、頭より心が感じているのだ。あまりに美しい人形アルファを目にして胸は高鳴り、痛みと共に甘く震えている。

 人形に生殖器など用意されてはおらず、だからこそ衣服ひとつの違いは、彩りの違いは絶対的だった。

 人形アルファは美しく、愛しかった。だからこそ二人は絶対に友人にはなれないと青年人形は悟った。

 

 そうして二人は目も合わせることなく押し黙り、鮮やかなドレスに身を包んだ人形アルファはすぐに人間に買われていって、二体の人形は永遠に交わることがなかった。

 真夜中になって人形たちがざわめき出しても、青年人形は決して口を開くことはない。

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【青年人形】20131111